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最近は米を食べない日本人も多いと聞く。いずれ「御飯ですよ」は廃(すた)れ、「お食事ですよ」に代わるのだろうか。思い起こせば子どもの頃、学校では盛んに「日本人は木と紙の家に住んでいるから火事が多い」「米食だから脚気が多い」と繰り返し教わった。給食の時間には米国支給の援助物資である脱脂粉乳を飲まされ、コッペパンを食べさせられた。
考えてみれば給食とは妙な言葉である。御飯なら家から弁当箱に詰めて持参できたし、たとえおかずがなくても、たくわんか梅干しだけでも十分に美味しく食べられた。にもかかわらず無理やり幾ばくかの給食費を徴収され、そのあげくに不味いものを飲まされ食べされられるのだ。現金が乏しい農家の子供にとって、これほど理不尽なことはないと感じた。
脱脂粉乳を溶かしたミルクの味は実に酷いものだった。それでも無理に飲まされた。仕方がないので、いつも吐きそうになるのを必死にこらえ、時間をかけて飲み込んだ。そのためか、食べるのが遅いと教師によく叱られた。コッペパンの味も酷いものだった。それを誤魔化すためか時々ジャムが薄く塗られていることもあった。
しかしこうした給食が日本の子供達を将来の米国農業の消費者に育てるための周到な計画の一部だ、と教えてくれる教師はいなかった。政治家が何と言っていたかは知らないが「敗戦国の子供だから食べられるだけでも有難く思え」くらいの思し召しで政治が行われていたのではないだろうか。家に帰れば田圃も畑もあることが誇らしかった。これさえ耕していれば食べ物に困ることも無理に不味いものを食べさせられることもない、と強く思った。
擂鉢の底の山科稲の花 佐田あはみ
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